宮古島にはじまる生きることへの思い
寄稿エッセイ:2005年12月20日
村上 遥(タレント、執行役員兼エコカフェ特派員)
この半年間、久しぶりに頭と心を使って考えに考えていた・・・4月に小学校入学を迎える6歳の娘のこれからについて。そして私自身のこれからについて。
物や情報があふれているこの都会に住み、たくさんの物の中から選ぶことの出来る環境の中で娘が育って行くことが、単に「恵まれている」ことだとはどうしても思えなかった。
人間として豊かに育って欲しい。そして「生きる力」を育てたい。
-宮古島への移住を決意-もちろん今住んでいる都会のなかで、工夫することも出来なくはないだろう。でもあえて行こうと。それはたぶん親としての私自身が都会に翻弄され、生きる力をふるわすことが出来なくなっているためかもしれない。
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知り合いもいない、土地勘もない宮古島に、ただただ生きる物としての勘だけを頼りに一人旅。まずはレンタカーを借りて島を一周(約1時間半)。
感想・・・「うわぁ、、、な〜んにもない!」
余計な物がなにもなかった。あるのは生活に最小限必要なものだけ。
目に映る物は、空と海とサトウキビ畑。。。
途中車を降りて、何カ所か寄り道。まずはガイドブックに載っている場所に行ってみると、まるで絵はがきのような景色が目の前に広がっていた。
旅行に来る人の多くは、この海岸のように、美しい自然を満喫して都会の疲れを癒しているのかもしれない。海岸沿いには立派なホテルもあり、とても華やかなイメージ。
しかし海岸から一歩入れば、そこにはひしひしと感じられる宮古島の人たちの「生活」があった。緑一面に広がるサトウキビ畑は宮古島の人々が生活のために大切に育てているもの。
都会とはまた違った、「生きる道」がそこにはあった。
2日目、島2周目。
観光客が来ないような海岸に行ってみると、流れ着いたゴミが痛々しく砂浜を占領していた。

宮古島には毎年7月〜10月、アオウミガメ、アカウミガメ、タイマイが100頭程産卵に訪れているのが確認されているそうだ。こんな砂浜に産卵?考えただけでもぞっとする。
きれいな海から産卵のためにあがって来て、こんな砂浜だったら海ガメもさぞかしがっかりすることだろう。私もこんな所で子どもを産みたくはない。
私たちが住んでいる地球で、この海岸のような景色が海陸問わずどんなにあふれていることか、、、。
先日娘が車から道路にゴミを捨てる人を見て「ゴミばこじゃないのにねぇ」といっていた。自然に還ることのない人間が出したゴミ。「あのゴミどうなるの?」と心配する娘。小さな子どもでも感じているのだ。「誰かが拾って捨ててあげないといけないよね」と言うと「すてたひとがすてないとダメだよねぇ」と。ほんとだねぇ、でも捨てた人は捨てる場所を間違えちゃってる。間違えてることにも気づいていないかもしれない。でもあのゴミはほっておいてもずっとゴミのままだから、やっぱり人間が出したゴミは、人間がどうにかしなきゃいけないんだよね。
人間は自然の恵みを食し生かされ、空、海、森を感じ癒されている。人間が生きて行くためにゴミが出ることは仕方がない。ただ、人がいつまでも自然の恩恵を受けようとするならば、環境を守るために出来る身近なこと・・・“ゴミを減らす工夫”ならばひとりひとりのちょっとした心がけで出来る、環境保護への第一歩なのではないかと感じた。
自分にとって何もない宮古島からのスタート。何もない所からは生まれるものがたくさんあることを、今回の旅で知った。
“自然とともに生きる”ために
まずは娘とともに「ゴミ拾い」から少しずつ取り組んで行こう。
生きていくうえで本当に大切なものを見つけながら、
自然に対して恥じない人間でありたい・・
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