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岩崎でのある日

寄稿エッセイ:2007 年 10 月 9 日
塙 ともみ (エコカフェニューズレター編集委員長、常磐大学 コミュニティ振興学部 4 年)

洗濯風景。日本海と白神の山々を通ってきた風で乾いていく洗濯物。
洗濯風景。
日本海と白神の山々を
通ってきた風で乾いていく洗濯物。

日本地域資源学会という学会で、白神山地や十二湖、日本海の素晴らしさと、その恩恵を受け生活する人々の暮らしを発表するため出席していた棟方さんにお会いした。それをきっかけに、私は大学の同じゼミに所属している友達と二人で青森県深浦町にある岩崎に滞在する機会を得た。

漁師が朝早く漁に出る時に仮眠をとるための 「番屋」 という家がある。滞在中はそこを借りて暮らした。朝早く起きて朝日が昇るのを見て、朝食を作り、洗濯や番屋の掃除もした。近くを散歩して、出会った人とおしゃべりをして、行った方がいいと言われた場所に行って、夕日も見た。

スケジュールがほとんど決まっていない、ふわふわと漂うような 9 泊 10 日の滞在。毎日をその日の海の色のような気持ちで過ごした。私の心の中には今も、出会った人たちやゆっくりと変わっていく空と自然の空気がぼんやりと残っている。


ある日、板谷さんというお爺さんにイナダ釣りに誘われ、一緒に釣りに行くことになった。

イナダ釣り
イナダ釣り

船に乗って海を進む。板谷さんはイナダを釣る道具の先に付いている飾りを海へ投げ入れ、そうやって準備の整った釣り糸を私と友達に一本ずつ渡した。糸が重くなったら魚が引っかかった、という事。そうなったら糸を手繰り寄せれば良い。「簡単だろ?」 と笑う板谷さんの言う通り、釣りをやったことのない私だが、釣りの仕組みはすぐにわかった。かかる時はすぐにかかるものらしい。しかし、釣りを始めてから随分経っても糸には何の反応も無かった。

友達の釣り糸に一匹かかったが、あと一歩というところで逃げられ、それから藍色の海の中をぐるぐる回って魚を待ったが一向に釣れる気配がない。「イナダに馬鹿にされたかあ?」 と板谷さんが笑って、陸へ戻るよう舵を取る。海のもっと向こうには、雲の隙間から太陽の光が差し込んで、きれいな光の帯がいくつも下ろされていた。


岩崎の夕日
岩崎の夕日

結局何も釣れなかったが、この日の夜はすごい星空だった。それこそ、小さな頃に姉と毎日のように見ていた図鑑の中の、あの星空だった。すごく嬉しくなって写真を撮ろうとしたけれど、たぶん写らないのでシャッターを押す直前でやめた。これはここに来ないと見られない。

その時、随分遠い所まで来たなと思った。

星空は撮らないでしまったので、代わりに岩崎の夕日を。


岩崎に滞在してから、私は "かなしみ" を感じるようになった。

ここは大自然が身近にある。それらに触れるたび、またそれらの中で生活している村人と出会うたびに、穏やかで静かな "かなしみ" が次から次へと尽きることなく流れていくのを感じた。その "かなしみ" は私自身、一人だけで感じるものだけど、同時に広く長く連なっているのを感じる。海も山も私と一本の線で繋がっていて、終点は無く、両親や兄弟、大切な人たち、過ごした時間、現在私が居る瞬間までもが一本の線の上で、どこまでもずっと続いているのだ。夜になるとその線はよりはっきり見えるようになる。自然に触れると "かなしみ" と一緒に家族や大切な人達を思い出すのは、そんな風に繋がっているからかもしれない。そうやってひょっこり出てきた人達を流れに任せて想うと、自然は一層深く、私の心に会いに来てくれる気がした。

もっと様々な土地へ行って、何事もより深く想えるようになりたい。そんなことをこの日、岩崎の星空の下で思った。

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